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 鳥インフルエンザが日向市東郷町で発生してから1週間が過ぎました。発生農家のご主人は、今日になっても「迷惑をかけて申し分けありません」と電話口で何度も繰り返されていました。その憔悴した声にこちらが言葉を失ってしまいます。
発生した鶏舎はまだ建ててから、6年目という新しいもので、当然破れなども全くありません。野鳥が入ることがない様に網とカーテンを二重にするなど普段から注意を怠りませんでした。鶏舎ごとに長靴も取り替えた上で、消毒槽で更に洗浄し、万全を期しておられただけに、ご本人としては信じられず、残念でならない気持ちはよくわかります。周辺の方々からも責任を問う様な声は全く聞かれません。
隣接農場の5万羽も29日から殺処分となりましたが、20mしか離れていないにもかかわらず、「患畜」やインフルエンザが疑われる「擬似患畜」が出なかったのは、いかに管理が徹底していたかを示していると言えます。
処分は念には念を入れた対応です。
殺処分した鶏は埋設処理することになりましたが、地権者の田中守氏が2つ返事で土地の提供を承諾して下さったことが、素早い対応を可能にしました。
しかし「ブロイラー」「レイヤー」「種鶏」「愛がん鶏」が一つの法律で対応しきれるのか疑問があります。現行法である「家畜伝染病予防法」を改正するのか、それとも運用の柔軟化で十分なのか、十分に検討するつもりです。

 野党各党は、国会内で会談し、「女性は子どもを産む機械」と発言された、柳沢厚生労働相の辞任を安倍首相に要求しました。総理は「反省の上に立って、職責を果たしていただきたい」と述べられ受け入れない考えを示されています。受け入れられなければ、31日からの06年度補正予算案拒否する方針との事ですが、今年は7月に参議院選を控えており日程が極めてタイトな中、地方にも影響が大きい補正予算の審議を拒否する姿勢は間違った選択です。審議拒否は職務の放棄とも言える行動です。柳沢大臣の発言に対しては正直私も大変ショックを受けました。そしてすぐ、私の女房と三人の子供たちの顔を思い浮かべました・・・。温厚で人格者として知られる大臣だけに残念でなりません。




                           1月30日  江藤 拓











 本当に遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。国会開会日にあたり、久しぶりにコラムを更新します。たくさんの方々から、「最近コラム更新してないねぇ」などと度々ご指摘を頂いていたのですが、昨年末から今年にかけて本当にいろいろありまして、ついつい後回しになってしまいました。反省して、これからなるだけまめに更新してまいりますので、今年も宜しくお願いいたします。

今年は、私にとって正に新たな出直しの年ですが、宮崎県にとっても大きな変化を実感させられる新年です。宮崎県は、ガチガチの保守王国と言われて久しかった訳ですが、それも昔の話になるのでしょうか。有権者の方々の投票行動も、自主的な判断が何よりも優先するようになり、保守が崩れたと言うよりも、いい意味での政治への関心の高まりだと捉えたいと思っています。
東国原知事の誕生は無責任な無党派層のせいだ、という分析は全くの見当違いでしょう。前にもこのコラムで指摘しましたが、既存のどの政党にも満足できないが故に、無党派という選択を真面目にしている層が増えているのを実感します。大いに各党反省せねばなりません。現に、私の青年部活動のボランィアに参加してくれる若者も、如何なる政党にも属していない者が大半です。私の選挙区の延岡市でそのまんま東候補は圧倒的な得票を得ました。しかし振り返ってみると、かつての中選挙区時代、民社党の米沢代議士は、旭化成労働組合の圧倒的な組織力を背景に、延岡では他を寄せ付けぬ得票率を誇っていた事を思い返すと、隔世の感があります。これからの政治家は、本当に一対一の覚悟で有権者の皆さんと向かい合って行くことが求められることでしょう。

それでは政党の存在価値はもう無いのでしょうか?時代遅れなのでしょうか?私はそうは思いません。政党に属することはそれによる制約もありますし、窮屈な思いもそこにはあります。それでも民主主義を至上のものとして守っていく限り、国の方向を決めるのは国会であり、政党間の議論なくしては方向性を国民の皆様に示すことすらできません。それだけに党内での議論をより大切にすべきでしょう。

昨日は、地元日向市東郷町で鳥インフルエンザの陽性反応が出た現場に視察に行ってきました。清武町での発生以来、清浄化宣言が出来る2月6日を指折り数えて待っていただけに残念でなりません。私も自民党の鳥インフルエンザ対策チームの幹事をさせていただいておりますので、細心の心配りで対応してまいります。
そしてその場で初めて東国原知事に会いました。激しい選挙戦直後でもあり、頬の肉も削げ落ち若干疲労の色は隠せないものの、その真剣な態度は、闘いを勝ち抜いた自信と自覚が読み取れるものでした。私は持永候補の第二区での選対本部長として闘った訳ですが、県民の判断が示された今、東国原知事は県政の最高責任者として、私は国政の場で、力を合わせて全力で事に当たらねばなりません。

波乱の国会になりそうな予感がします。そしてすぐに統一地方選挙、7月には参議院選挙です。皆様にとって穏やかな一年になることを祈っていますが、政界は穏やかとはいきそうにもありません。


                          1月25日  江藤 拓






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