バックナンバーをご覧になりたい場合は左の各月をクリックしてください。              2006年11月





 昨日、復党願いと誓約書を自民党に提出しました。今日まで一年三ヶ月、私なりに懸命に努力してきたつもりですし、その間悔しい思い、苦しい思いもありました。しかしその中にあっても終始、私を励まして下さり支えて下さった全ての皆様に改めて心から感謝いたします。

今回の私の行動が、県民国民の皆様に容易にご理解いただくのは難しいことは覚悟しております。いかなるご批判も受け止めねばならないと思っています。

私の郷土宮崎は今年も去年も台風や竜巻によって大きな被害を受けました。私としては無所属であっても、地元選出国会議員としての責任をきっちり果たす努力は十分したつもりですですし、特別交付税の重点配分、災害復旧事業に関しては結果も出せたと思っています。それでも「はよ復党せにゃ。無所属じゃ仕事はでけんやろう」と地元でたびたび言われました。その度に丁寧に説明して来ましたが、地方が益々厳しくなって来る中で、県民の皆様が無所属である私を心配して下さっていること。そして正直なところ不安に思っていらっしゃることを肌で感じました。

政党政治の政治形態の中では、政党に所属していない議員はその発言の場を著しく制約されます。実際、私も古川代議士も一年三ヶ月の間に本会議はもちろん委員会でも、一度も発言の機会を与えられませんでした。局地激甚災害法にしても被災者生活再建支援法にしても現場の窮状にあっていない以上、法改正が必要ですが、初当選以来所属していた災害対策特別委員会もはずされてしまいました。
衆議院議員は国会議員ですから、地方のことばかりを考えるのが仕事ではありません。しかし衆議院議員は参議院議員と違い、国会議員の他に代議士という呼称を持っています。
それは国民の代理であり、私を選んでくれた故郷の皆さんの代理ということです。そうであれば無所属という立場は、地方の代表として責任を十分に果たすには難しい立場だと言わざるをえません。

ここに至るまでには、後援会の皆様や多くの方々に「平沼先生についていくべきなのか」「復党を目指すべきなのか」正直に私の苦しい胸のうちを打ち明け相談してきました。
「拓さんの正しいと思う道を進んだらいい。我々はそれを支持するから心配するな」という暖かな励まし。
ラグビーの試合に例えて「サブグラウンドではどんなにいい試合をしても観客はいないし、伝わらない。今の政治のメイングラウンドでいい試合が組まれているとは言いがたいかもしれないが、拓君はそこでの試合に参加すべきだ」というご意見。
ある女性は、「拓さん自身にとってどうすればいいかではなく、政治家としてこれからみんなのために働いていく上で、どうすることがいいのかという判断基準で行動してくれればそれでいいです」というご意見、誠に有難いアドバイスなど沢山頂きました。それらを胸に刻み、最終的には自分自身の責任で復党を目指す決断をしました。

平沼先生は最後まで「俺について来い」とは言われませんでした。それは平沼先生の思いやりであり、政治家の出処進退は自分で判断すべきだという厳しい原理原則を貫かれたものだと思います。
平沼先生がおられたからこそ、造反組と揶揄されながらも我々は今日までやってこられたことは間違いありません。
ここに来てたとえ一時期であっても、道が分かれることになってしまうことは、申し訳なく本当に苦しい思いです。

何を言っても言い訳にしか聞こえないことは重々覚悟しております。
復党が認められたなら、気持ちを整理して安倍総理のもとで、国家国民のためにより精進して参る覚悟です。



                          11月28日  江藤 拓


                









 7日午後1時25分ごろ、北海道佐呂間町の若佐地区で、竜巻が発生し、建物33棟が全壊、29棟が半壊や一部損壊しました。完全に破壊された建築現場のプレハブ事務所や民家、吹き飛ばされた自動車などを報道でみて、改めて竜巻の恐ろしさを痛感しました。
これにより9人の方が亡くなり、女性1人が重体、22人が重軽傷を負う大惨事となってしまいました。お亡くなりになった方々や被災された皆さんにお悔やみを申し上げ、お見舞いもうしあげます。
私の故郷宮崎県延岡市でもほんの2ヶ月前、死亡者3名、負傷者143名、住宅の全壊・半壊・一部損壊の合計が1294世帯という竜巻被害に遭ったばかりです。私が現在在住している日向市でも竜巻が発生し大きな被害が出ています。被災された方々のお苦しみをしっかりと受け止め、できる限りの支援をせねばなりません。
しかし国の災害対策の支援策は、大規模なものを基本的に想定しており、局地的に集中的な被害をもたらす竜巻被害は想定外と言わざるをえない内容です。
中川昭一自民党政調会長
の所へ要望
災害救助法と被災者生活再建支援法の適用は、北海道のケースでも素早く行われると思われますが、適用基準の算定が、地震と水害を想定しての現行のままでは被災者生活再建支援法の適用のハードルが高くなってしまいます。例えば延岡の山下町商店街アーケードは今、若干の遅れはあるものの完成に近づいていますが、各店舗には負担金があり、その上店舗が破壊されたのではその痛手は余りにも大きなものになってしまいます。

首藤延岡市長と
増田防災担当統括官
の所へ要望
激甚災害法の第12・13・15条による中小企業に対する支援策が有効ですが今の基準のままではあてはまりません。柔軟な制度の運用を政治決断するか、制度の見直しが必要です。私としては制度改正の提言書を担当省庁、担当大臣、中川政調会長に提出しました。さらには制度の弾力的な運用、災害に関する別交付税の重点配分への努力を延岡の首藤市長と協力して繰り返し行っております。


                         11月9日  江藤 拓












 10月30日、県民との対話集会が大盛会の内に終えることが出来ました。
会場満員の1400名を超える方がお越しいただき、遠くは椎葉村・大川内からも乗り合わせてきてくださっていました。
本当に月末の月曜日にも拘らずお越しくださった皆さん、この日まで準備に奔走してくれたスタッフや後援会・青年部のみなさんには、心から感謝しています。無事に終えることが出来て正直な気持ち、ほっとしています。

今回はプロジェクターを使って「高速道路問題」「災害対策の問題点」「食料と資源の争奪の時代の到来」「財政と消費税」などについてまず説明をし、私の考え方を述べた後に、自由に質問をお受けしました。
当初は質問が余り出なかったら盛り上がらず困ると思っていたのですが、予想をはるかに超える方が、率直で鋭くまた切実なご質問をたくさんいただきました。誠実、正直にお答えしたつもりですが、時間の制限もあり、せっかく挙手して頂いたのにマイクをもって頂けなかった方々には申し訳なく思っています。
政治家の会というと、演壇から一方的に自分の主義主張を力説する形が一般的です。
もちろんこれが政治活動のもっとも大切な原点ですが、私は個別の問題点について聴衆の皆さんにも一緒に考えて頂き、そして質問に答えるという流れの中で、江藤拓という政治家を身近に感じていただき、理解していただければと考えています。

日本はそして政治は今、大転換期にさしかかりました。政治家はまず国民に対して正直であること。地元で言っていることと永田町で言っていることが大きく食い違うようでは政治は国民の信頼をうしなうばかりです。もう調子のいいごまかしは通用しません。政治には限界があります。それでもその中でもがき苦しみながら国民のために、故郷のために最大限の努力をして参る覚悟を新たにしました。



                             11月1日  江藤 拓     


 






Copyright(C)2004 Office Etoh Taku All rights reserved.