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 先日 私の母校宮崎県立宮崎西高校の第三期生同窓会が、卒業以来初めて開かれました。約三十年ぶりに会っても、ひと目で顔と名前が一致する者。名前を聞いて、あまりの変身ぶりにびっくりさせられる者など様々でした。
高校当時、宮崎市の高校中にその蛮勇を轟かした通称H君も、温和な笑顔の似合う優しい男になっていました。そういえば私の周りにいる仲間達はみんな優しいやつばかりですが、青春時代を振り返ると、多少つっぱっていた奴が多い気がします。担任の松山先生もご出席下さり、さすがにややお年を取られた感はありますが、その独特の雰囲気とオーラは全くお変わりなく、驚きました。
二次会になるとみんなすっかり打ち解けて、「俺は、お前のことが好きだったんじゃ!」など三十年目の告白などもあり、大いに盛り上がりました。(ちなみに私の憧れの君は今回不参加でした  残念、密かに期待していたのに・・)
 今回の同窓会は、私と同じ三年C組だった畠山俊幸くんが一年ほど前に、十万人に一人という難病に冒され、大手術をしたことをきっかけに、と言うより彼のために企画されたものでした。しかし悲しいことに畠山君はこの日を待たずに、私が最後に見舞った次の日、友人達が昔のフォークソング全盛時代の曲を演奏し、歌う中で旅立って行きました。当日は奥さんが遺影を抱いて出席して下さり、みんなで彼を偲び、黙祷を捧げました。みんなの気持ちは十分に、天国にいる彼にも伝わったはずです。
畠山君の病気の原因は未だ分からないとの事でしたが、考えられる一番の原因は精神的ストレスとのことです。彼はいつでも周りを気遣い、彼を中心に人の輪が出来ていました。彼はいつでもニコニコしていましたが、人一倍他人のことを心配し、心をすり減らしていたのでしょう。みんな彼の優しさに甘えていたのです。いいやつほど先に逝ってしまいます。しかし彼は大きなものを私達に教え、残してくれた気がします。
振り返ればこの三十年余りの間に、数多くの同窓生を無くしました。
これから先、みんなの無事と幸せを願い祈ってやみません。


                             8月21日  江藤 拓












 今ほど国際協調という言葉が空しく響く時代は無いのではないでしょうか。
特に9.11テロ以来、世界が欺瞞 と憎しみに溢れているように感じてなりません。

 WTO農業交渉は何ら建設的な進展も無く、それぞれの国・地域のエゴをぶつけ合った形で凍結となりました。ロシアは近年、石油の高騰で急速に経済力を付け、国際経済の一員としてWTO加盟を目指すも、アメリカは認めない構えを崩さず、両国はお互いに経済制裁措置でぶつかろうとしているように見えます。新たな冷戦関係の始まりといったら言い過ぎでしょうか。
 京都議定書の問題でも温暖化ガス排出量1位のアメリカ、2位の中国が調印を否定。これでは地球規模での実効性は極めて低いと言わざるをえません。

 国連は北朝鮮問題でも、イスラエルのレバノン進行でも、大国の都合に振り回されて何ら有効な手立てを講ずることもできません。イスラエルの将校がテレビで「そこにヒズボラの拠点があり、ロケット弾を秘匿している可能性が高ければ、そこに誰がいようと攻撃を躊躇するつもりは無い」と言っているのを見て、この問題の根の深さと困難さを感じたと同時に、人間のどうしようもない利己的な残酷さを思い知った気がします。
イスラエルは9日の治安閣議で戦線拡大を承認し、オルメルト首相は北上作戦の必要性にも言及し、多くのイスラエル兵の犠牲もいとわないといいます。
この多くはレバノン・イスラエル共に一般市民であることを思えば、一国も早い戦闘終結のために日本も何かせねばならないはずです。
イラクであれほど立派に人道支援の立場から国際社会に貢献できた日本だからこそ、国際社会に訴えるべきでしょう。
真に日本がアメリカの良きパートナーであるのなら尚のことです。
英国ではアメリカ行きの航空機を狙った大規模な爆破テロが事前に摘発されましたが、アメリカと常に共同歩調をとってきたことが標的とされた理由であるのは疑う余地もありません。日本にとっても対岸の火事では決してないのではないでしょうか。


                            
                             8月11日  江藤 拓






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