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 林野庁黒木次長来県

 9月21日・22日にわたって林野庁から黒木幾雄次長、安楽勝彦山地災害対策室長に来県して頂き、椎葉村・西米良村・西都市を災害視察して頂きました。組閣前の何かとかしましい中にもかかわらずお越し頂き感謝しています。

 黒木次長は日向市のご出身でもあり、大変熱心に椎葉村長や黒木村長の要望に耳を傾けてくれました。安楽室長は農林振興局の担当者と、極めて実務的なやりとりをされ、大変頼もしく思いました。

 約10日ぶりに両村を訪問したわけですが、崩落箇所の一部は更にその規模を拡大していました。遠目には分かりませんが、実際に崩落箇所の調査をした方の説明では、このまま放置すれば、山全体が崩落する危険性があるとの見解に、背筋の寒くなる思いがします。一日も早い災害査定と本格復旧を急がねばなりません。

 現在、三位一体の改革の流れの中で、治山・治水・砂防事業の重要性が軽視される傾向があります。しかし国民の生活・生命・財産を守るということは、国家が国民に対して負っている基本的責任であることを忘れてはならないと、改めて痛感しました。

                               9月22日   江藤 拓


     
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西米良村板谷地区(山瀬谷)
被災地現場(左から4番目・黒木次長)
椎葉村鹿野遊(内の八重)
被災地現場
椎葉村鹿野遊住宅裏崖
崩落現場(右・黒木次長)

 

                     
                            








 硫黄島・沖ノ鳥島視察

  9月15・16日に衆議院国土交通委員会の派遣により、硫黄島・沖ノ鳥島に行ってきました。海上保安庁はじめ自衛隊の皆さんや関係者のみなさんに大変お世話になりました。この場を借りて御礼申し上げます。
  羽田の海上保安庁の基地からYS11に乗り、約4時間かけて硫黄島に行き、給油の後約2時間かけて、ようやく沖ノ鳥島上空に到達しました。直線距離にして1,700キロの距離です。上空から見る沖ノ鳥島は本当に美しく、さんご礁の隆起で出来たという自然の造形美に見とれてしまいました。しかしここは日本の国益を大きく左右する重要な国土です。

  今年になって突然中国政府は「沖ノ鳥島は島ではなくて岩である」主張してきました。岩であるからEEZ(排他的経済水域)は認めないという主張です。日本が1996年に海洋法条約を批准し、沖ノ鳥島周辺のEEZ設定を国連に提出した時には、どこの国からも異議申し立てなど無かったにも関わらずです。中国の調査船の活動も同水域で7月に確認されています。海底地下資源(マンガン団塊・コバルトリッチクラスト・メタンハイドレート)を意識しての調査ではないかと思われます。我々は主権国家として、国際ルールに則り、毅然とした態度で事に当たらねばなりません。沖ノ鳥島並びに周辺EEZは、国民の将来に渡る大切な財産なのです。


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沖ノ鳥島
国土交通委員会の皆さんと
(海上保安庁羽田航空基地)
沖ノ鳥島全景 作業架台と観測所基盤
東小島


  硫黄島では、昭和20年2月16日から激しい戦闘を繰り広げた島内の戦跡や慰霊碑などを訪ねました。
 硫黄島は、私の事前の想像とはかなりかけ離れた地形で、海岸から島の中心まで高低差の無い、平坦とも言える地形でした。当初米軍が日本本土の攻撃の主要基地と考え、5日で占領出来ると言ったのもわかる気がします。しかし現実に1ヶ月は以上かかり、米軍の戦死傷者は28,686名に上ったのです。今も残る壕に入ってみると、壕内の温度は60度を超え、まるでサウナ風呂の中にいるようで、硫黄の臭気が立ち込めており、5分程で汗みどろになってしまいました。食料も無く、水も雨水以外に期待できないこの島の壕の中で、1ヶ月以上戦意を失わず頑張ったことは、信じられない驚きです。「昔の日本人は凄かった」などと言われる事がありますが、全くその通りです。

 日本軍は19.900名が戦死。生存者は1.033名だけという激戦の地に立ち、政治の場に身を置く者として、これからの日本が国際社会の中で果たすべき義務と役割、国民の生命・財産を守るためにすべき事を改めて考えています。

 ここに日・米両軍の御霊に深く頭を垂れ、安らかならん事をお祈りいたします。

                                 9月17日  江藤 拓


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硫黄島
 摺鉢山山頂(3基の碑があります) 
  ・硫黄島戦没者顕彰碑
  ・第1及び第2御楯特攻隊碑
  ・米軍上陸記念碑
 医務科壕(海軍硫黄島警備隊医務科壕) 日本戦没将兵慰霊碑(天山慰霊碑)ここは組織的戦闘の行われた日本最後の拠点となったところです










 激甚災害の指定について

 台風16・18号による被害状況の視察を12日間かけてようやくほぼ終えました。道路状況は惨憺たる状況で、椎葉村だけでも4日を要しました。被災された方々には重ねて心よりお見舞いを申し上げます。台風16・18号その前後から降り続いた激しい雨のために、含水率の上がった山や谷はさらに激しく崩壊・崩落してしまいました。9月6日現在、県内の被害状況は公共土木施設145億3200万円、農業・農業施設19億8100万円、森林・林業109億6900万円となっておりますが、これから更に被害額は増えると考えられます。

 とにかく現段階では、地域住民の生活に支障がない水準までの災害復旧を急がねばなりません。被災された地域の方々からは、『できるだけ早く激甚災害の指定を』との要望が大変多くありました。現在、当該市町村・宮崎県当局が被害状況の調査と査定を鋭意進めております。

 13日(月)に上京し、13・14両日に渡って自由民主党安倍晋三幹事長、内閣府柴田高博防災担当政策統括官、国土交通省谷口博昭道路局長・清治真人河川局長、農林水産省中條康朗農村振興局次長、林野庁黒木幾雄次長(日向市出身)らに状況の説明と要望を行い、実務的な協議をこれから更に行って参ります。

 激甚災害指定基準には、本激(全国規模)、局激(市町村単位)の二種類があります。本激の指定ということになれば、災害発生から約二ヶ月間でその作業を終了することになります。一方、局激の指定ということになれば、年度末(12月31日)をもって閉めて後の指定ということになりますので、来年の2月下旬くらいの指定となりますが、当面は災害復旧国庫補助事業で対応して参ります。
 
 いずれにせよ、本激であれ局激であれ、指定を受ければ、災害復旧にかかる国庫補助率のかさ上げが一、二割程度行われ、当該市町村の負担分も起債の後に交付税措置がとられることになり、大幅な財政上の負担軽減を図ることができます。宮崎県は財政再建をはじめた矢先でもあり、非常に厳しい状況ですので、当該市町村・宮崎県当局と更に緊密に連絡を取り合い、激甚災害の指定に向けて最大限の努力を行って参ります。

                              9月14日  江藤 拓 
    
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    自民党安倍幹事長        内閣府柴田防災担当政策統括官   国土交通省谷口道路局長 
国土交通省清治河川局長
農林水産省中條農村振興局次長   林野庁黒木次長(日向市出身) 

            








 大型台風来襲

  台風16号が九州を直撃し、宮崎県でも大きな被害が県内全域に及びました。被害に遭われた皆様には、心からお見舞い申し上げます。

  台風が去った31日からできる限り予定をキャンセルし、被災地を毎日歩いてきました。数字として上がってくる被害報告を、自分の目で再確認し実感するためです。そこで目にしたのは、無残としか言いようのない現実でした。農業・林業・漁業の受けた被害は甚大です。椎葉・西米良村は孤立した村として、全国的に紹介されてしまいました。入郷では生活道路は寸断され、電気も電話も数日間に渡り回復することが出来ない地区が数多くありました。子ども達は通学することも叶わず、大人達は歩いて山を越えて生活物資を運んでいました。

  しかしそんな状況の中、被災した地区の方々は、驚くほど前向きに事に当たっていました。私の方が逆に『大変やね、頑張んないよ』と励まされることもしばしばあったのです。諸塚の農協の炊き出しで分けていただいた味噌と握り飯。椎葉の鹿野遊(かなすび)で、土石流が家を突き抜けて大きな被害を受けたにも拘らず、『これをどうぞ』と渡してくれた握り飯と漬物に胸が熱くなりました。
 
 県や市町村役場、各農協の対応も早かったように思います。そして目に付いたのは消防団員の活躍でした。お年寄りの方や、被災者の方々から『消防団に片づけから何から世話になったとよ』との感謝の言葉を数多く聞きました。自分の家の事もあり、仕事もあって大変だとは思いますが、初期防災・直後の対応は彼らに頼るところが大ですので、よろしくお願いします。

 そして今日また、九州全域では18号の暴風雨域の中にあります。16号の傷も癒えないうちに立て続けの来襲に更なる被害の拡大が懸念されます。私は今、衆議院災害対策特別委員会に所属していますので、災害の復旧に当たっては、まず日常生活に関わり急がれるところは、災害の査定を待たずに取り掛かれる様に、当該市町村・県当局と緊密な連絡を取り合いながら進めて参ります。また、特に被害の甚大な地域については、局地激甚災害の指定を、と考えています。あらゆる人のご協力を仰いで、素早い対応に全力を尽くすつもりですので、ご意見・情報等ありましたら、ぜひお聞かせください。

                              9月7日  江藤 拓

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南郷村鬼神野国道388号 北郷村神社御神木 椎葉村鹿野遊地区

                                  




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