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■ 議員活動報告 平成16年9月15・16 衆議院国土交通委員会沖ノ鳥島・硫黄島視察
コラムでもふれましたが、衆議院国土交通委員会委員として、我が国最南端の島、沖ノ鳥島に視察へ行って参りました。そして給油目的だったのですが、途中で硫黄島に立ち寄り、視察をしま した。この地は太平洋戦争時、日米両軍が激しい戦闘を繰り広げたところでもあり、その跡が数多く残っていました。現在は海上自衛隊硫黄島航空基地として利用されて います。
Q、沖ノ鳥島について・・・
東京から約1700キロの太平洋上に浮かぶ日本最南端の島で、北小島と東小島からなります。。合わせて四畳半ほどの広さしかなく、激しい風や波で削られて消失してしまう可能性があります。このため、日本政府は昭和62年から島の周辺に護岸コンクリートを設置するなどの保全工事を行っています。
Q、どうして島を保全するのか?
『島』すなわち、我が国の領土である以上、海底資源や水産資源の権利を有することができるので、島が消失しないように保全する必要があります。最近、中国が沖ノ鳥島は『岩』だと主張してきました。今回我々衆議院国土交通委員会として視察することにより、改めて我が国日本の領土であると再確認をしました。 
Q、硫黄島について・・・
東京から約1200キロ南、東京−グアム島の中間に位置します。正式に日本の領土になったのは明治24年です。それから入植が始まり、島の名の通り硫黄の採掘や砂糖や薬草の栽培が始まりました。しかし太平洋戦争が始まり、軍属として男性が残る以外は島民は強制疎開として本土や伊豆諸島へ移らねばなりませんでした。米軍はサイパン・グアムの基地から日本本土空襲をする際の中継基地として硫黄島を占拠するのは明らかでしたが、小笠原地区兵団長の栗林忠道中将を中心とする日本軍は質量ともに優る米軍に対抗し、5日で戦いが終わると予想されていたところを、実に1ヶ月以上も戦い続けました。 
沖ノ鳥島
   国土交通委員会の皆さんと         沖ノ鳥島全景       東小島と作業架台

硫黄島
        硫黄島全景 戦没者顕彰碑           塹壕

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